--
--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011
10.06

思い出の扉:「中学の修学旅行(2003.8.23UP)」

Category: 思い出日記
今日は、中学2年の時に行った修学旅行の記事のアップです。
4泊5日で北九州を巡ってきましたが、私にとっては辛い旅行と
なってしまいました(泣)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

*「中学の修学旅行(2003.8.23UP)」
『スケジュール
・1日目:「中学校」→「松山港」→(船)→船中泊

・2日目:「小倉港」→「西海橋」→「長崎原爆ドーム」→ホテル泊(長崎市内)

・3日目:ホテル→「天草五橋」→「熊本城」→ホテル泊(阿蘇市内)

・4日目:ホテル→「阿蘇山」→「別府地獄巡り」→ホテル泊(別府市内)

・5日目:ホテル→「別府港」→(船)→「松山港」→「中学校」

実は、私は小さい時から乗り物に酔いやすかった。というか、回転系には弱かった。小学校での体育でやった床運動。前転や側転でしょっちゅう気分が悪くなっていた。
どうしてこんなにすぐに酔いやすくなったのかを、母に聞いたところ「小学校2年の時に、友達に突き飛ばされて机の角で頭を打ってから」だと言う。ほんとかどうかは定かではないが、一度、頭のCTスキャンを撮った方がいいのかもしれない(;^_^A

今覚えている中で最初に酔った記憶は幼稚園のバス遠足。行った場所は「高松空港」と「栗林公園」。行きのバスの中では一番後ろの座席に座って、後ろから来る車を見ながらみんなで騒いでいたような気がする。これがいけなかったのか、「高松空港」に着いた頃には気分が悪くなっていた(この時に撮った写真が田舎にある)。そして、この遠足での一番の思い出は、「栗林公園」でのお弁当の時間。この頃には意識が朦朧としていて、なんとお母さんが朝早くから作ってくれていたお弁当を落っことしてしまったのである。その時は先生がお弁当を分けてくれたと思う。今でもこの時のなんともいえない寂しさ(申し訳なさ)をたまに思い出す。お母さん、どうもすみませんでしたm(_ _)m

さて話を本題に戻そう!
ということで、乗り物酔いしやすい私は、この中学時代の修学旅行でも酔ってしまった。

初日からして、もうダメだった。「中学校」からバスに乗ってフェリー乗り場の「松山港」に着いた頃には酔っていた。もちろん、船の中では寝れるはずもなく、死ぬ思いをしたのは言うまでもない。

2日目の「西海橋」の頃はなんとか頑張ったのだが、「長崎原爆ドーム」に着く頃にはやっぱりダウンしてバスの中で寝ていた。よって、ここで撮った全体写真に私は写っていない(T.T)

3日目にもなると、段々バスに慣れてきたのかどうかわからないが、なんとかなってきた。なので、「天草五橋」や「熊本城」での全体写真には写っている。それにこの時の記憶は今でも鮮明に覚えている。

実はこの熊本のホテルに泊まった日に、どこかのホテルで火災があって多くの人が亡くなった。このTVニュースを見ながら、「もしこのホテルが火事になったらどうしよう」なんて心配しながら寝た思い出がある。

次の日の「阿蘇山」はとても綺麗だった。前の日が霧でよくわからなかったのだが、外輪山の眺めは壮大でもう一度きたいと思った(何を隠そう、これ以降、もう3度も阿蘇山に旅行してしまった)。

その日以降はもう帰途に着くための日程だったのであまり思い出もなく、「中学校」に着いた頃には、倒れそうだった。でも、無事帰って来れたので良しとしよう。

このように車に酔いやすい私が高校の修学旅行ではまったく酔わなかった。それな何故か?その真相は次回にまわそう(‘ー‘)/~~ 』

《追伸》
小さい時から酔い易い体質のため、車はもちろん、船もダメでした。
初めて車を買って自分で運転した時にも途中で気分が悪くなったことがあります(^^;
そんなこんなで釣りは陸っぱり専門です(笑)

コメント
管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。