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2011
10.26

思い出の扉:「入院(2004.10.5)」

Category: 思い出日記
生きていると色んなことがあります。怪我や病気も‥
我が家でも家族が何度か入院しています。
そこで、入院の思い出を書いた記事をアップします。

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*「入院(2004.10.5)」
『平成16年の8/26の夕方、うちの奥さんから電話があった。実は若い頃から調子が悪かった右耳の手術を9月3日(金)にすることになっており、その事前の精密検査の結果が出たので本日病院に聞きに行っていたのである。何となく携帯電話から聞こえてくる声にいつもの元気が無く、聞いてみたところ「思っていたよりも症状が重く、耳の後ろを切開して手術をすることになった」らしい。それに今回の精密検査で鼓膜と骨が癒着していることもわかり、その部分を削除し他人の骨を移植する必要があり、これにともなって「手術をして、もしものことがあっても病院には責任はありませんよ」って内容の承諾書を書かなくてはならなくなった。

 そういえば数年前に息子も子供の頃からの中耳炎が悪化してしまい手術により1週間くらい入院したことがある。ちょっと親子の絆?を感じる。今回の手術の担当医は息子の時と同じベテランの先生なのでホッとした。実は、今回の耳の検査を初めてした時は若い先生で「耳はそれほど悪くありませんね。頭が痛いのは偏頭痛でしょう!」と言って頭痛薬をくれただけだったらしい。うちの奥さんは、「そんなことはない」と思って、すぐに息子の時の先生に診てもらったら今回の症状が見つかりすぐに手術となった経緯がある。もし、今回このまま何も処置をしていなければ更に骨が解けて脳に影響を及ぼしていたかもしれない。重症の時には腕のいい先生に診てもらうことの大切さを知った。

話を元に戻そう!

 入院が9/2(木)だったので会社を休んで病院まで送って行った。彼女は気丈に振舞っていたが、不安だったに違いない。「脳に近いと言うこともあり、手術により難聴、味覚障害、半身不随、骨の移植による弊害等が起こる可能性がある」と先生に言われていたからである。

 そして手術当日。もちろん私は会社を休んで朝早くから病院にかけつけた。手術は朝の9時に開始。移動用のベッドの横について手術室の前まで見送って行ったが何ともいえない気分だった。それから私は病院の控え室で手術が終わるのを待つことに。先生からは「うまくいくとお昼前には終わります。」と言われていたが、それでも3時間はかかると言うことは、思ったよりも難しい手術であることを実感した。手術が成功するように祈りながら過ぎていく時間の中に身を置いていた。そして予定の12時が来ても手術室から戻ってくる気配は無い。病室で待っている方が確実だと思い、待合室から病室に移動。そして12時30分を過ぎた頃にベッドに横たわったままビクともしない状態でうちの奥さんが戻ってきた。朝、手術室に入る前に看護士さんが「麻酔は完全に覚まして戻ってくる」と言っていたので心配になった。その後、検査の後、呼ばれて病室に入ると、細目を開けたうちの奥さんがいた。まだ麻酔が完全に覚めていないので反応が鈍い。右耳には大きなガーゼ?が包帯で巻かれており、痛々しい。先生によると手術は成功したらしい。「体質の為か鼓膜が薄く、どうしても外圧のために鼓膜が内側に押される傾向にある」とのことで、鼓膜を補強してトータル厚を厚くしてくれたらしい。後はこのまま順調に回復して家族の前に元気な姿を見せてくれることを願うだけだった。

 そして何とか予定通りの2週間で退院することができたが、その間、子供達は不自由な生活を強いられた。特に朝食と夕食が大変だった。私がいる時はスーパーでお寿司などのできたものを買ってくるので何とかなるのだが、平日は子供達だけで火を使うのは危険なので、どうしても電子レンジで温めて食べれるものになってしまう。例えば、ピザ、たこ焼き、グラタン、ピラフ、ハンバーグなどの冷凍食品、食パンやコーンフレークなどである。子供達は文句も言わず、乗り切っていった。今回のうちの奥さんの入院で一番頑張ったのは次女だろう。次女はみんなが嫌がる洗濯をほとんど一人でやっていた。病院から持って帰ったうちの奥さんの洋服や家族の洋服なども1日2~3回洗濯をして庭に干して乾くと取り込んでいた。いざと言う時に動ける次女に感心した。長女と長男はそれぞれ別の担当を一応こなしてはいたが‥

 うちの奥さんが退院してからもうすぐ3週間がこようとしている。手術前に比べて気分が悪くなることは少なくなり、頭痛も減ったらしい。ただ、まだ右耳の鼓膜は治療中(2週間に1回通院)だし、聴力検査なども実施していないので何ともいえないが着実に良くなっていることは間違いないと確信している。

 そうそう、入院と言えば次女の入院回数には適わない。小さい時は小児喘息で低気圧が近ずくと必ず発作を起こして病院へ直行。その後、吸入や点滴をしても治まらないときはそのまま入院。小学生になるまでは毎年数回入院していた。しかし、自宅で吸入器を購入してからは今の中学3年生になるまで入院はしていない。

*私と長女は未だに入院の経験がない。できればこのまま入院をしないで済ませたいものだ(o^_^o)』

《追伸》
この記事を書いてから7年が経ちましたが、この間には入院した家族はいません。良かった、良かった(^^)

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